2014年2月14日金曜日

8「一度は否定しても、胸の中に湧き上がってくる感情が、その否定を否定する。」

「この前に話していたことだよ。スカウトに来たんだ。」
「あんた劇団の人?」
「いいや。」
「あ、そう。歌には自信あるんだけどなー。」
「セレモニーのスカウトに来たんだ。」
「セレモニー?」

 言葉の響き的には、お芝居とかコンサートみたいな感じだけど?なんだろう?こんな肉屋に?iraの中でも、もうちょっとマシな店はありそうなモノだけど?

「まぁ、詳しいことは店長と話すが、君も考えておいてくれないか?」
「セレモニーって何すかね?」

 男はすんとすました感じで笑い、少し見上げて言った。劇団の人じゃないけど、その動きは今までの淡々とした感じに比べると演技がかっていた。

「あの街に還る儀式さ。」
「え。」

 見上げた先にはあの街の底があった。黒くて、高さが分からないくらいに大きくて。……あの街に。そう聞くと、無闇に胸がときめいてしまった。お金持ちが招待されるなんて話は聞いたことあるけど、それとはまた別の……?その日の仕事の終わりに店長からかいつまんでだけど話を聞いた。その選別はあまりに過酷で、どう考えても死ぬ確率の方が高いのだけど、何故だかそれを否定できない。一度は否定しても、胸の中に湧き上がってくる感情が、その否定を否定する。心の中が、あの街でいっぱいになった。逃れようとしても逃れられない感情だった。

 ユラはどう思うだろう?もしも、ユラもセレモニーに参加するなら断る理由は全然ない。だけど、どうしようか。どうしよう。どうしたら……。

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